【信義則】
~前回の続き~
民法1②に「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と規定されています。
この意味するところは「人は相手方の合理的な期待や信頼を裏切っていはいけない」※1ということです。
これと同じ価値観に”禁反言の法理”というものがあります。これは「人がいったんなした言動をそれが誤りであったことを理由としてひるがえすことはできない」※1という原則です。
民法に基礎をおく租税法は、当然として信義則及び禁反言の法理が包含されています。
税は全ての国民に関係します。ところが、税法は難しい法律で「一読して難解、二読して誤解、三読して混迷」と表現されているほどです。
だからこそ国税庁は税務署その他に相談窓口を設けて納税者の期待に応えようとしています
しかし、時に税務署等は間違えます。原因は納税者からの情報が不足している場合や、匿名相談で具体性を欠く場合が考えられます。
そこで、税務署署員に相談した内容に誤りがあり、その結果、申告税額が過小となった場合にその責任は税務署と納税者どちらに帰属するのかという問題があります。
残念ですが、裁判例や判例に見る限り納税者に責任が帰属します。信義則・禁反言の法理は適用されないでしょうか。
これに対するメルクマークに昭和62年10月30日/最高裁判所第三小法廷/判決/昭和60年(行ツ)125号があります。
この事件の概要は次の通りです。
青色申告承認を受けていない事業者が5年間に渡り青色申告の所得税確定申告をしていました。こうした中、この事業者からの自己申告により、この事業者が青色申告の承認を受けていないことを税務署が初めて気づくことになりました。その結果、税務署は5年分の申告を白色として更正しました。事業者はこれを不服として、信義則をめぐり事件となったものです。
この事件の焦点は「租税法に適合する課税処分に対する、民法一般原則である信義則の法理の適用の可否」です。
最高裁判所の判示は次の通りと要約できます※2。
1 信義則の法理の適用は、租税法律関係については慎重でなければならない
2 租税の平等・公平が犠牲となっても、納税者を保護すべき特別な事情があるとき、信義則の法理を適用する
3 特別な事情とは、税務官庁が公的見解を表示し、それに基づき納税者が行動し、その結果納税者が経済的不利益を受けること。かつ、納税者の責任がないことの4要素である。
上記が、信義則の法理の適用基準だと判示しています。事件についてはこの基準に基づき納税者の敗訴が確定しました(差戻)。
そして、現在の信義則をめぐる裁判はこの基準を尊重しています。
では、税務署相談について考えてみましょう。税務署における納税者の個別相談が上記基準に適合するでしょうか(つづく)
※1 金子宏「租税法第十六版」弘文堂 P124
※2 S62.10.30最高裁判所判示
「租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たつては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになつたものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。」